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カルコゲナイド系層状物質

Last-modified: 2013-11-20 (水) 13:39:27 (1483d)
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本ページについて

  • このページでは,「カルコゲナイド系層状物質」の種類,単結晶/単層膜/薄膜の形成手法,最近のトピック,及び素子応用について紹介します。
  • 本ページ作成者:上野啓司
  • 作成開始:2012年12月9日
  • 一応完成:2012年12月11日
    (本ページ内容は随時更新します。)

目次

はじめに

 2004年にUniv. ManchesterのK. S. Novoselov, A. K. Geimらによって,グラファイトの1単位層である「グラフェン」の大面積試料が初めて絶縁性基板上に形成され,それ以降グラフェンの持つ特異な物性に関する研究が目覚ましく進展した1),2),3),4),5) 。その一方で,グラファイトと同様な積層構造を持つ数多くの層状物質も再び注目を集めている。層状物質はその2次元構造に起因する特徴的な物性に興味が持たれ,古くから多くの研究が行われてきているが,最近ではそれらの1単位層,あるいは数層が積層した試料が示す新奇な物性に特に注目が集まっている。
 本稿では最初にさまざまな層状物質を簡単に分類し,その中から筆者が主に研究対象としている層状カルコゲナイドの構造,物性について紹介する。続いて層状物質単結晶及び単層膜試料の作製手法や,最近の新しい層状物質研究の動向について述べる。最後にグラフェン以外の層状物質のデバイス応用に関する筆者の最近の実験を紹介する。なお,グラフェンのデバイス応用に関する筆者の研究については,別ページを参照されたい。

層状物質の分類

 層状物質は,共有結合やイオン結合のような「強い」結合により形成されている単位層が,主に「弱い」ファンデルワールス力を介して積層した層状構造を持つ。雲母,粘土,グラファイトあるいは輝水鉛鉱(モリブデナイト:molybdenite, MoS2)のような層状物質の天然鉱物は非常に古くから知られており物性研究の対象とされてきたが,その他にも人工合成可能な層状物質が多数存在する。表1に主な層状物質をまとめる。

表1 層状物質の分類
分類物質の例
単原子層状物質と
類似化合物
C(グラファイト),P, As, Sb, Bi, h-BN
遷移金属
ダイカルコゲナイド
MCh2: M=Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W等
Ch=S,Se,Te
13族カルコゲナイドGaS, GaSe, GaTe, InSe
14族カルコゲナイドGeS, SnS2, SnSe2, PbO等
ビスマスカルコゲナイドBi2Se3, Bi2Te3
層状高温超伝導化合物Bi2Sr2CaCu2Ox, LaFeAsO1-xFx
水酸化2価金属M(OH)2: M=Mg,Ca,Mn,Fe,Co,Ni,Cu,Cd等
ハロゲン化金属MgBr2, CdCl2, CdI2, Ag2F, AsI3, AlCl3
層状ケイ酸塩,粘土雲母,滑石,カオリン等
層状酸化物酸化チタン系,ペロブスカイト系ナノシート

 多くの層状物質は絶縁体/半導体であるが,中心金属が5族元素の遷移金属ダイカルコゲナイドは金属となり,超伝導を示す化合物も存在する(2Ha-NbS2, 2Ha-NbSe2等)。以下,筆者が主な研究対象としている遷移金属ダイカルコゲナイドと13族層状カルコゲナイドの結晶構造と物性について述べる。

遷移金属ダイカルコゲナイド

 遷移金属ダイカルコゲナイド(MCh2)には60種類近い物質が属し,そのうちおよそ3分の2が層状の結晶構造を持っている6),7),8),9)。層状構造を持つMCh2に属する物質には,単位層内のカルコゲン元素Chの中心金属Mに対する配置の形式に2種類ある(図1)。一つは正八面体型配置,もう一つは三角プリズム型配置である。どちらの形を取るかは,M-Ch間結合のイオン性に大きく依存する。結合のイオン性が大きい場合には,中心のMに結合する上下のCh原子間の斥力が大きくなり,正八面体型配置となる。一方共有結合性が大きい場合には,三角プリズム型配置となる。このため4族(Ti, Zr, Hf)化合物は主に正八面体型配置を,6族(Mo, W)化合物は三角プリズム型配置を持ち,5族(Nb, Ta)化合物はどちらの配置も取る。

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図1 MCh2の配置構造

 層状MCh2では各単位層のc軸方向の積み重なり型の違いにより様々なポリタイプが存在し,物性もそれにより異なる。例えば天然に唯一存在する層状MCh2であるモリブデナイトMoS2は三角プリズム型の配置構造を持ち,主に2Hb型の積層構造を取る。MoSe2も2Hb型の積層構造を持ち,一方金属であるNbS2やNbSe2は主に2Ha型の積層構造を取る(図2)。他のポリタイプにおける積層構造を図3に示す。あるMCh2がどのポリタイプを取るかは,その組成も大きく影響する。NbSe2の場合,化学量論比が正しく1:2であれば2Ha型の積層構造を取るが,Nbが過剰になると3R型になり易くなる。なお正八面体型配置のMCh2は1T型の積層構造となる。それぞれの化合物での格子定数を表2に示す。

図2.jpg
図2 2H型MCh2の積層構造


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図3 三角プリズム型配置MCh2の積層ポリタイプ


表2 MCh2の積層ポリタイプと格子定数
a (Å)c (Å)a (Å)c (Å)
2H-NbS23.312×5.9452H-MoS23.162×6.147
3R-NbS23.333×5.9673R-MoS23.1643×6.13
2H-NbSe23.4492×6.272H-MoSe23.2882×6.46
3R-NbSe23.453×6.293R-MoSe23.2923×6.464
4H-NbSe23.444×6.31


 層状MCh2の物性は,その中心金属Mの違いにより大きく異なる。ChがS又はSeの場合,中心金属Mが4族(Zr, Hf)であるMCh2は,ワイドギャップ半導体となる。ただしTiのカルコゲナイドは半金属となる。Mが5族(V, Nb, Ta)の場合は,MCh2は金属となり,NbSe2は2Haタイプの積層構造のものが超伝導(超伝導転移温度 = 7.0~7.35K)を示す。Mが6族(Mo,W)の場合は,MCh2は半導体となる。これらの性質については,電子帯構造から次のように説明される。

 例として第5周期遷移金属MCh2のNbSe2, MoSe2について考える(図4)。これらの原子の最外殻を占めているのは4d, 5s電子で,バンド構造においてはd軌道から形成されるバンドのエネルギー位置が最も重要になる。NbSe2, MoSe2において金属原子のd軌道は,三角プリズム型配置による配位子場の影響を受け,エネルギーがdxyとdx2-y2軌道,dyzとdzx軌道,及びdz2軌道の3準位に分裂する。このうちdyz, dzx軌道は,金属原子の5s, 5p軌道,および2個のSe原子の4s, 4p軌道が構成するsp3混成軌道と重なり合って,価電子帯を形成する結合軌道(σバンド)と,伝導帯を形成する反結合軌道(σ*バンド)に分かれる。dxy, dx2-y2軌道は非結合軌道として,σバンドとσ*バンドの間に入り,さらにdz2軌道はその低エネルギー側,σバンドの上に独立して存在する。

図4.jpg
図4 NbSe2, MoSe2の電子帯構造モデル

 NbSe2では,Nb原子の価電子は(4d)4(5s)1,Se原子の価電子は(4s)2(4p)4である。このうち2個のSe原子の4s電子4個は孤立電子対をつくり,層間に突き出ているSeのsp3混成軌道の一つにそれぞれ入り,ファンデルワールス力を誘起する。次にNbの5s電子と3個の4d電子,および2個のSeからの8個の4p電子の合計12個の電子がσバンドを占める。最後の1個のNbのd電子はdz2バンドに入る。よってdz2バンドは半充満帯となり,NbSe2はdz2バンドを伝導帯とする金属になる。一方MoSe2はMo原子の価電子が(4d)5(5s)1であるため,dz2バンドには2個電子が入り充満帯となる。そのためMoSe2はdz2バンドを価電子帯とする半導体になる。このような単純なモデルがほぼ正しいことは光学測定,X線光電子分光,電子エネルギー損失分光等の数々の実験で確かめられており,またバンド計算からも同様の結果が得られている7)

 MCh2の物性はc軸方向の積層構造にも依存して変化する。例えばNbSe2は,2Haタイプは超伝導性を示すが,3Rタイプは示さない。またこれまで述べた物性はあくまでバルク単結晶についてのもので,単層あるいは超薄膜試料においては物性が変化する。後述するように単原子層のMoS2は電子帯構造がバルク単結晶からは変化し,バンドギャップが拡大することが判明している。またNbSe2ではTcが低下することが予想されている。

層状13族カルコゲナイド

 GaSe, GaS, InSe等の13族カルコゲナイドも層状の構造を持つ8),9),10),11)。各単層は,例えばGaSeではSe-Ga-Ga-Seの順序で結合する4原子層から構成され(図5),各単層がファンデルワールス力で結合し,積層している。この積層構造の差異により,ポリタイプが存在する(図6)。GaSの場合は主にβタイプ,GaSeは主にεタイプの積層構造を取る。この二つの積層タイプは,単層2枚が1単位格子となる結晶構造を持つ2Hタイプである。一方,層3枚で1単位格子となるγ-GaSe,4枚で1単位格子となるδ-GaSeも存在する。またInSeは主にγタイプの積層構造を取る。それぞれの化合物,ポリタイプでの格子定数を表3に示す。単層内の結合は共有結合性であるが,13族元素と16族(カルコゲン)元素間の電気陰性度の違いによるイオン結合性も含まれている。このイオン性が,各単層の重なり方に影響する。すなわち,GaSは結合のイオン性が大きいため,全ての13族元素と16族元素が直線上に並ぶようなβ型の積層構造を取ると考えられている。このようなイオン性は,単層間の結合がファンデルワールス力だけではなく,ある程度のイオン結合性を持つ要因となっている。

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図5 GaSe単層の構造


図6.jpg
図6 層状13族カルコゲナイドの積層ポリタイプ


表3 層状13族カルコゲナイドの積層ポリタイプと格子定数
a (Å)c (Å)a (Å)c (Å)
β-GaS3.58615.500β-InSe4.0516.93
β-GaSe3.75916.04γ-InSe4.0025.32
γ-GaSe3.74723.910
ε-GaSe3.75515.946
δ-GaSe3.75531.990


 GaSeは間接遷移の半導体で,バルク単結晶は黒赤色をしている。バンドギャップは間接遷移で1.95 eV (RT), 2.10 eV (4.2 K),直接遷移の最小値は2.02 eV (RT), 2.13 eV (4.2 K)と報告されている。GaSのバルク単結晶は黄色で,バンドギャップは間接遷移で2.53 eV (RT),直接遷移の最小値が3.05 eV (77 K)と報告されている。またInSeは黒色で,バンドギャップは間接遷移で1.23 eV (RT)と報告されている。

カルコゲナイド系層状物質単層試料の作製手法

 カルコゲナイド系層状物質の単層試料作製法としては,バルク単結晶の劈開剥離による方法と,薄膜成長による方法の二つに大別できる。以下,まずバルク単結晶の作製手法を述べ,続いてバルク単結晶の劈開剥離による単層試料形成法について述べる。最後に,薄膜成長による単層形成法について筆者の研究例を中心に紹介する。

カルコゲナイド系層状物質バルク単結晶の形成手法

 天然に存在しない層状物質の単結晶薄片を劈開剥離手法で形成するためには,なるべく大きく結晶性の良い単結晶の育成が必要である。また,天然鉱物にはさまざまな不純物が含まれている可能性があるが,人工結晶であれば不純物の種類,量を制御することができる。遷移金属ダイカルコゲナイドの単結晶育成では蒸気輸送法が主に用いられ,層状13族,14族カルコゲナイドの単結晶育成では蒸気輸送法に加えて融液法も用いられている8),12)

 蒸気輸送法による単結晶成長では,主に石英製の輸送管内に原料物質を真空封入し,左右に温度勾配を与えて昇温し,高温側から低温側に原料を徐々に輸送して析出させ,単結晶を生成させる。原料としてはあらかじめ合成したもの,あるいは原料元素を目的の化学量論比で混合したものを用いる。カルコゲナイド系層状物質の単結晶成長では,多くの場合ハロゲンX2(Cl2, Br2, I2)を加えた化学的蒸気輸送法が用いられている。ハロゲンを添加した遷移金属ダイカルコゲナイドの場合には,

MCh2(s) + 2X2(g) ⇆ MX4(g) + Ch2(g)

の平衡状態となり,高温側で右向きの,低温側で左向きの反応が進行し,単結晶MCh2が低温側に徐々に生成する。反応温度で構成元素の金属とカルコゲンが気化する化合物では,ハロゲンを加えなくても蒸気輸送が進行し,単結晶成長できることがある(GaS, GaSe, SnS2等)。一般にハロゲンはカルコゲナイド系層状物質に対してドナー不純物となり,成長した単結晶がn型半導体となることが多い。ハロゲンを加えないで育成した単結晶では,p型特性を示すものも得られている。

 融液法による単結晶成長では,ブリッジマン法が用いられることが多い。適当な温度勾配をもった炉内で溶融試料を真空封入した容器(主に石英製)を移動するか,あるいは炉の温度に勾配をつけて降温することにより,容器の低温側先端部の種結晶から順次溶融試料を凝固させることで,種結晶と同じ方位の単結晶を成長させる手法である。温度勾配がかかる方向により垂直ブリッジマン法,水平ブリッジマン法に大別できるが,カルコゲナイド系層状物質の単結晶成長では両方とも用いられている。

粘着テープ剥離法による単層形成

 Geim, Novoselovらは,「スコッチテープ」を用いてグラファイト単結晶を繰り返し劈開し,テープに貼り付いている薄片試料を単結晶Siウエハー上の熱酸化SiO2層に擦りつけることで,大面積な単層グラフェン薄片が形成できることを発見した。この粘着テープを用いた手法の開発がグラフェン研究にブレークスルーをもたらしたが1),2),3),4),5),グラフェン以外にもh-BN, MoS2, NbSe2, Bi2Sr2CaCu2Oxといった様々な層状物質の単層薄片形成が可能であることが初期の論文で既に示されている2)。カルコゲナイド系層状物質単層薄片の素子応用に関する最近の論文も,多くがこの手法を用いている。

インターカレーションによる単層剥離法

 層状物質はその層間にさまざまな物質を挿入すること(インターカレーション)が可能である。それにより得られる層間化合物に関する研究が古くから行われているが,インターカレーションを利用して層状物質バルク単結晶から単層試料を作製することも可能であり,水素やLiのインターカレーションによる単層化の試みが1970年代から行われている13),14),15)。例えば,n-ブチルリチウムのようなグリニャール試薬をMoS2単結晶粉末と反応させると,層間に金属Liが挿入された化合物が得られる。次にこの層間化合物を純水に投入すると,Liが水と反応して爆発的にH2が発生する。このH2発生時の体積膨張力により,MoS2の積層構造を破壊し,単層薄片の分散水溶液を得ることができる(図7)15)。また,この手法により得られる単層剥離MoS2は,バルクMoS2の単位層とは構造と物性が大きく異なることも以前から報告されている16),17)

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図7 Liインターカレーションによる単層MoS2形成プロセス

極性有機溶媒中での超音波照射による単層剥離法

 層状物質単結晶粉末を適当な溶媒中に分散させ,超音波を照射することで直接的に単層剥離と可溶化を行う試みが,グラファイトやその他の多くの層状物質に対して試みられている18),19),20),21),22)。層状物質は劈開面にダングリングボンドが存在せず化学的に不活性で,層内の結合も多くの場合共有結合性が大きく分極が小さいため,溶媒和が起こりにくい。グラファイトの場合は,酸化・単層剥離により得られる酸化グラフェンが水に高い溶解性を示し,塗布膜の還元によりグラフェン膜を得ることができる。また長鎖有機化合物をグラフェンのエッジに付加させることでも可溶性を高めることができるが,純粋なグラフェンそのものを高濃度で溶解・分散させることは非常に難しい。数十 μg/mL程度の濃度であれば,N,N-ジメチルホルムアミド,N-メチルピロリドン,シクロヘキサノン,1-プロパノール,2-プロパノール,クロロホルムといった極性溶媒にグラフェンが分散することが知られている18)。他の層状物質もグラフェンと同様に,これらの有機溶媒中で単結晶粉末に超音波を照射することによって単層剥離し,濃度は低いものの分散溶液が得られることが報告されている19),20),21),22)。ただし,超音波照射により層が破壊されるため,得られる単層薄片のサイズは数百nm以下と小さなものになっている。

ファンデルワールス・エピタキシー法

 薄膜の成長メカニズムの解明や結晶性の向上に関する研究が,多種多様な物質に対して行われてきている。それらの研究において,用いられる基板と成長物質の組み合わせは多岐にわたっているが,単純には基板と成長物質が同じである「ホモ成長」と,両者が異なる「ヘテロ成長」に分けられる。ところがこの「ヘテロ成長」のほとんどの場合において,使用する基板と成長する薄膜の間で結晶構造,格子定数あるいは熱膨張率などが一致しない。これらの不一致がヘテロ成長において,良質なエピタキシャル薄膜の成長を困難にしている。

 例えば,Si や GaAsといった半導体単結晶基板の清浄表面には,結合が切れたことによるダングリングボンドが存在するため,反応性が高く元素吸着に対して非常に活性である。このような基板表面に他物質の薄膜成長を試みると,一般にはその界面に共有結合性の「強い」結合が発生する。ここで基板と成長しようとする物質の結晶構造や格子定数が異なる場合,成長薄膜の結晶構造はこの「強い」結合によって歪められる。膜厚が薄い場合には結晶格子が歪んだままエピタキシャル成長する場合もあるが,いずれにせよ膜厚が増加し,蓄積された歪みエネルギーが臨界値を超えると,薄膜中には格子不整合転位と呼ばれる欠陥が発生し,薄膜の結晶性は著しく悪化する(図8(a))。また結晶構造や格子定数がほとんど一致する場合でも,熱膨張係数が異なる場合には,薄膜成長時の温度から室温まで基板温度が変化する間にやはり薄膜中に歪みが発生し,薄膜の結晶性が低下する要因となる。これらの現象は,基板と薄膜の界面に強い結合が存在する限りは,避けることが困難である。このためヘテロ成長で結晶性の良い薄膜を得るには,界面の歪みをなるべく解消するために,何らかの中間層を設ける手法が取られることが多い。

 一方,本章でこれまで述べてきたように,清浄表面に活性なダングリングボンドが現れない物質が「層状物質」である。層状物質は単位層が弱いファンデルワールス力を介して積層しているため,層に沿って容易に劈開し,その劈開面上には共有結合が切れた活性なボンドは現れない。単位層内の結合が切れた場合にはその端にダングリングボンドが出現するが,層に垂直方向には元来強い結合が存在しない。劈開面はほとんどの場合不活性であり,多くの物質の吸着に対し共有結合的な「強い」結合が発生しない。

 さて,このような層状物質の劈開面を基板として薄膜成長を行うと,どうなるであろうか。反応性が非常に高い場合を除けば,基板上に入射する物質は表面の結合を切って強い結合を形成することができない。その一部は 基板表面から再蒸発するが,残りは基板表面を拡散後に成長核を形成し,薄膜を形成する。その際,入射物質によってはその物質自身の固有の結晶構造・格子定数を持って薄膜成長することが可能になる(図8(b))。筆者らはこの層状物質基板上での様々な物質の薄膜成長について研究を行い,結晶構造や格子定数の大きく異なる異種層状物質間でのヘテロ成長において,結晶性の良い薄膜をエピタキシャル成長できることを報告してきた。この層状物質基板上へのエピタキシャル成長は,主にファンデルワールス力のような弱い相互作用を介して進行することから,1984年に小間によってvan der Waals epitaxy (VDWE)と命名されている23),24)

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図8 ファンデルワールス・エピタキシーの概念図
(a) 3次元的物質間でのヘテロ成長,(b) 層状物質間でのヘテロ成長,
(c) 表面不活性化基板上への層状物質ヘテロ成長

 活性なダングリングボンドを持つ一般的な3次元的結晶構造を持つ物質の表面であっても,もしそれらのボンドを適当な原子によって規則的に終端し不活性化することができれば,その表面は層状物質劈開面に類似した不活性表面となり,ファンデルワールス力のような弱い力を介した層状物質薄膜のヘテロエピタキシャル成長が可能になる(図8(c))。これまでに,硫黄/セレン終端GaAs(111)A,水素終端Si(111),フッ素終端CaF2(111),およびbilayer-GaSe終端Si(111)といった不活性化表面上に,NbSe2, MoSe2, GaSe, InSeといった層状物質の薄膜をヘテロエピタキシャル成長することに成功している24)

 一例として図9に,MoS2劈開面上に分子線エピタキシー(Molecular beam epitaxy: MBE)法によってヘテロエピタキシャル成長した単層GaSeドメインの原子間力顕微鏡(Atomic force microscope: AFM)像を示す25)。(a)の広範囲像に見られる3角形状のドメインが,MoS2劈開面上に単結晶成長したGaSeの単層ドメインである。単層内のSe-Ga-Ga-Seの積層順にはA-b-b-A型とA-c-c-A型の2通りが存在し,その違いにより3角形ドメインの向きが反転することが確認されている。向きが異なるドメイン間には,明瞭な境界欠陥が見られている。また,基板及び膜表面で観察したそれぞれの原子分解能AFM像から,界面第1層目のGaSeが基板とは異なる,それ自身の結晶構造と格子定数(MoS2: 0.316 nm, GaSe: 0.3755 nm)をもって成長していることが確認されている。

図9.jpg
図9 MoS2劈開面上にGaSe単層膜を成長した試料のAFM像
(a) 広範囲像,(b) GaSe単層膜上の原子像,(c) MoS2劈開面上の原子像

 このようなMBE法による単層膜成長に加えて,金属基板上26)やグラフェン上27)への化学的気相成長(CVD)法によるMoS2単層膜形成,あるいはMo蒸着膜の硫化によるMoS2単層膜形成28),なども近年報告されている。また後述するトポロジカル絶縁体の研究分野でも,高品質薄膜試料の作製手法としてVDWE法が注目されている。

カルコゲナイド系層状物質の新奇物性探索

 ここでは,近年注目を集めているカルコゲナイド系層状物質の新奇物性について概要を紹介する。

単層MoS2の物性変化に関する研究

 バルク単結晶のMoS2はバンドギャップが約1 eVの間接遷移半導体であるが,単層化するとバンドギャップが拡大し直接遷移半導体となることが理論計算により示され29),2010年に粘着テープ剥離法により得た単層のMoS2がバンドギャップ約1.8eVの直接遷移半導体となることが実験的に報告された30)。以降活発な研究が行われており,光電子素子31)や低消費電力電界効果トランジスタ(Field-effect transistor: FET)への応用32),33),34),35),36),37),38),39),40)などが試みられている。また,上述のLiインターカレーションにより得られる単層MoS2では,S原子の配置構造が三角プリズム型から正八面体型へと変化することが以前から示されているが17),加熱により三角プリズム型配置に戻り,粘着テープ剥離単層MoS2と同様の物性を示すことが報告されている41)。MoS2以外のカルコゲナイド系層状物質についても,単層化とFET形成の研究報告が出始めており(例えばSnS242), WSe243), GaS/GaSe44)等),新奇物性の発現が期待される。

 一方,バルク単結晶MoS2を用いた実験ではあるが,イオン液体をゲート誘電体に用いた電気2重層トランジスタにおいて,電子注入によりTc = 9.4 Kで超伝導が発現することも報告されている45)。MoS2の超薄膜化・単層化によってTcにどのような変化が生じるか興味が持たれる。

トポロジカル絶縁体Biカルコゲナイド

 近年,トポロジカル絶縁体46),47),48)という新奇な性質を示す物質に注目が集まっている。トポロジカル絶縁体は,バルク固体はエネルギーギャップを持つ絶縁体であるにもかかわらず,その端(2次元系物質)や表面(3次元系物質)にギャップの無い金属状態が生じる物質である。この物質では,固体内部の電子状態を記述する波動関数が持つ「トポロジカル状態」と,真空が持つ「トポロジカル状態」が異なっており,両状態は連続的に遷移することができないため,それらの境界である「端」「表面」においてギャップが閉じ,金属的な状態が出現する,と考えられている。

 このような「端」「表面」における金属状態は,上述のトポロジカルな原理によって「強制的」に存在させられているため,非磁性不純物や構造欠陥による摂動を受けても消失・局在化しない。さらに,この金属状態内を流れる電子は質量を持たず,スピンを揃えて動き回る,という特殊な性質を持っている。これはトポロジカル絶縁体の表面では,ギャップ内に2本の直線的な分散を持つバンドが交差する「ディラック電子系」が生じることに起因している。ディラック電子系はグラフェンでも出現することが知られているが,グラフェンのディラック電子系はスピン縮退しており,一方トポロジカル絶縁体のディラック電子系では,スピンの自由度が消失し,スピンの向きが電子の運動量kの符号により固定される,という特徴がある。これらの特異な性質は,価電子帯における強いスピン軌道相互作用によって生じている。

 3次元トポロジカル絶縁体物質の探索の結果,Bi2Se3およびBi2Te3がトポロジカル絶縁体となり得ることが理論的に予言され49),実験的にも確認された50),51)。特にBi2Se3k = 0のディラック点がバルクの最高被専有準位よりも上のギャップ内に存在するため,表面状態測定の実験に適している。Bi2Se3は図10に示すような,Se=Bi-Se-Bi=Seの5原子層からなる単位層がファンデルワールス力を介して積層した層状物質である49),50)

図10.jpg
図10 トポロジカル絶縁体Bi2Se3の結晶構造

 トポロジカル絶縁体の輸送特性測定では,絶縁体であるはずのバルクを流れる電流が欠陥や不純物などにより多く存在すると,表面金属状態が関わる輸送現象を分けて測定することが難しくなる。そこでバルク体積を減らし,表面金属状態の割合を増やすために,単結晶超薄膜を成長することが試みられている。例えば基板として雲母52)やNbSe253)といった層状物質を用い,その劈開面上でVDWEを行うことにより,Bi2Se3の良質な超薄膜が得られることが報告されている。特にNbSe2は前述のように超伝導体であるため,トポロジカル絶縁体と超伝導体の接合によって生じると理論的に予想されている「マヨラナ粒子」54),55)の実証研究においても注目されている。

層状物質のデバイス応用例

 ここでは,層状物質のデバイス応用例として,筆者が近年行った太陽電池素子および薄膜FET素子への応用の研究例を紹介する。

太陽電池への応用例

 有機半導体薄膜を光電変換層に用いる有機薄膜太陽電池では,光励起子の解離により生じる正孔と電子を高い効率で分離輸送するために,正孔輸送層および電子輸送層が,アノードおよびカソード電極との間にそれぞれ挿入される。この正孔輸送層としては,塗布可能な導電性高分子材料であるポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)-ポリ(スチレンスルホナート)(poly(3,4-ethylenedioxythiophene)-poly(styrenesulfonate): PEDOT:PSS)が用いられることが多い。しかしPEDOT:PSSの水溶液は強酸性であり,吸湿性,腐食性を持つため,太陽電池素子の安定動作,寿命に対する悪影響が懸念されている。そのため代替材料が数多く研究されているが,三酸化モリブデンMoO3もその一つである 56), 57), 58), 59), 60), 61), 62), 63)

 MoO3を正孔輸送層に用いる場合,アノード電極と光電変換層の間にMoO3薄膜を形成しなければならないが,その手法としては専ら真空蒸着法とゾルゲル法が用いられている。しかし大面積な有機薄膜太陽電池を安価かつ簡便に作製するためには,真空プロセスはコスト的に好ましくなく,ゾルゲル法では均一で欠陥の少ない超薄膜を形成することが難しい。そこで筆者らは,前述のLiインターカレーションによる剥離法を用いて作製した単層MoS2分散溶液をアノード電極表面に塗布し,酸化することによって均一なMoO3超薄膜を形成することを試みた64)

 図11に,作製した有機薄膜太陽電池の構造図を示す。酸化インジウムスズ(Indium tin oxide: ITO)がスパッタコートされたガラス基板を透明電極(アノード)とし,まずこの上にMoS2分散溶液をスピンコートし,MoS2塗布膜を形成した。次にこの膜に酸素雰囲気下で紫外線を照射することでオゾン酸化を行い,MoO3膜を形成した。オージェ電子分光および紫外光電子分光測定から,オゾン酸化によりMoS2がMoO3となることが確認されている。このMoO3層上に,光電変換層としてポリ(3-ヘキシルチオフェン-2,5-ジイル)(poly(3-hexylthiophene-2,5-diyl): P3HT)とフェニルC61酪酸メチルエステル([6,6]-phenyl C61 butyric acid methyl ester: PCBM)の混合クロロベンゼン溶液をスピンコートし,アルミニウム電極を蒸着した後に試料を熱アニールすることによって,いわゆるバルクヘテロ接合型の有機薄膜太陽電池素子を作製した。

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図11 塗布MoO3を正孔輸送層とする有機薄膜太陽電池の構造

 図12に,暗所およびAM1.5G, 100 mW/cm2の疑似太陽光照射下で測定した電流密度-バイアス電圧(J-V)特性,および測定結果から得た素子特性パラメータを示す。塗布MoS2の酸化により得たMoO3を用いた素子では,PEDOT:PSSを用いた素子よりも高い光電変換効率が得られており,良質な正孔輸送層が形成されていることが分かる。

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図12 塗布形成MoO3膜を正孔輸送層とする有機薄膜太陽電池の特性

薄膜FETへの応用例

 前述のように,単層~数層に剥離したMoS2等の層状物質を用いたFET作製に関する報告が相次いで行われている32),33),34),35),36),37),38),39),40),42),43),44),45)。単層化やキャリア注入による新物性発現の試み,といった基礎物性研究に加えて,層状物質の持つ柔軟性や有機半導体を上回るキャリア移動度に注目した,新たなフレキシブル素子材料としての応用の試みも始まっている。

 ところが,ゲート誘電体として導電性Siウエハー上の熱酸化SiO2を用いると,表面トラップの影響で良い素子特性が得られないことが報告されている32)。また,多くの報告では天然MoS2鉱物(モリブデナイト)が試料として用いられているが,不純物が多いためかゲート電圧がゼロでも多くのドレイン電流が生じ,オフにならない(n型で,しきい電圧が大きな負の値を示す)。そこで筆者らは,Br2を添加した蒸気輸送法を用いて人工育成したMoS2単結晶を粘着テープ剥離して薄片化し,表面を自己組織化単分子膜で覆った熱酸化SiO2を有するゲート基板上に転写することで,素子特性の改善を試みた。自己組織化単分子膜材料としては1,1,1,3,3,3-ヘキサメチルジシラザン(hexamethyldisilazane: HMDS)を用い,ソース/ドレイン電極は金ペースト塗布により形成している。

 図13に,(a)ゲート表面未処理基板,および(b)HMDS処理基板を用いたFETの出力特性図を示す。両素子ともn型動作特性を示し,既報告例とは異なり高ドレイン電圧でドレイン電流が飽和している。また未処理基板上では飽和移動度μsat = 2.12 cm2/V・s,しきい電圧VT = -59 Vであるが,HMDS処理基板上ではμsat = 17.3 cm2/V・s,VT = -9.5 Vとなり,素子特性の改善が見られている。これはHMDS処理によってSiO2膜表面が疎水化され,-OH基によるキャリアトラップが低減されたことによると考えられる。また,ハロゲン添加せずに育成したWSe2単結晶を用いたFETではp型特性が得られており,不純物が動作特性に与える影響が大きいことも判明している。

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図13 人工結晶から粘着テープ剥離形成した数層MoS2をチャネルとする
FETの出力特性
(a) 未処理熱酸化SiO2ゲート表面上,(b) HMDS処理熱酸化SiO2ゲート表面上

おわりに

 グラフェン研究の進展に刺激され,各種層状物質を対象にした研究が活発化しているが,バルク結晶を単層化して用いる研究の多くは,グラファイトと同様に大型の単結晶が天然鉱石として得られるMoS2を対象としている。ところが,天然MoS2に含まれているはずの不純物についての解析が,ほとんどの論文では行われていない。これは半導体物性の研究としては大問題である。今後はSiやGaAs等の半導体に対してこれまで行われてきた基礎物性研究・応用研究と同様に,微量不純物の種類と量を正しく認識した実験を進めていくことが必要である。そのためには,良質なバルク単結晶,薄膜の成長技術が必須である。かつてこの分野の研究は日本でも盛んに行われており,結晶成長や物性測定に関する多くの知見が残されている。それらを失うこと無く引き継ぎ,層状物質研究を今後も盛り立てていきたいと考えている。

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